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これは筆者の偏屈さが言わせることかも知れない。

が、どうにも気になって仕方がない。「ある~」の代わりに、「とある~」を使う人があまりに多いのである。「とある日のこと」、「とあるデパートで」、「とある人が」といった使い方だ。厳密に間違いだとか、日本語が乱れているとか断言はしにくいのであるが、筆者はどうにも違和感が拭えない。

どういう違和感かというと、「ある」というのは、モノやコト、場所や時、人などについて、はっきりと特定できない場合、あるいは特定せずにぼかして述べたい場合などに使う言葉である。これに対して、「とある」というのは、単に特定しないだけでなく、偶然に行きあたった場所とか、たまたまそうなった日時とかいう意味合いも含まれる。と思う、筆者は。たとえば、「見知らぬ街の路地を歩いていた私は、とある民家の玄関先で全身が真っ黒な猫を見つけた」、「無為に過ごす日々が続く夏休みの、とある朝のことだった」などというふうに使う訳である。

ところが、WEBの記述に多いのだが ライフ[JB7/JB8][H15.9~H20.11]タフレックベースキャリアSET ◆代引注文不可、自己紹介をするのに、「とある家電量販店に勤務する吉田と申します」などと使う例が多いのである。「とあるお客様がおっしゃっていましたが、」なんていう使用例もある。これらは変だ。と思う、筆者は。

「ある」はすべての場合に使用可だが、「とある」は使用すべきでない場合、「とある」の使用は不適切である場合があることを、この際、明言しておきたい訳である。


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2010年3月17日 (水) ぼやき・なんくせ | 固定リンク
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コメント

WEBの記述に多いということですが、それらの例文は間違いですね。校正を経ない文がWEBなどに直接投稿される機会が多くなることがひとつの原因と思えます。

投稿: Yamamoto | 2012年8月11日 (土) 18時45分

いささか古い記事「2010年3月17日 (水) 日記・コラム・つぶやき」について恐縮ですが私見を付け足します。

「とある」についてのご意見 S660 内装パーツ / その他【S660コム】S660 SPIDER サンバイザーカバー(ポケット無) / 生地 レッド / ステッチ グレー / バニティミラー片側付き、全く同感です。私などの言語体験(語感)では、もともと「予想していなかった場所」に「たまたま」「立ち至った」場合などに使っていた語(連体詞)です。それをなぜか「不特定な」「もの・とき・ひと」などの前に置く語(連体詞)と全く同じように使うようになっています。もともと有った二音節・二文字の「ある」を差し置き、わざわざ一音節・一文字余計に使うわけですから、日本語学の先生方がよく弁護なさる根拠としての「言語運用の効率化」という点からみても理にかなっているとは言えません。おそらく「とある」と言った方が、日本語の音律上響きのよい三音節に適うことと、「ある」より「ちょっと気取った」感じが出せるといったあたりが、「とある」の使われ始めた理由なのかも知れません。言語にあまり関心を持たない人達が、誰かが使っているからというだけの理由で尻馬に乗り、不用意に使っているうちに広がってしまったのでないでしょうか。

「とある」が「ある」を駆逐しつつあるのに似た現象として、私などが気になる単語に、「動作移動の帰着点」を示す助詞「へ」に代わって「へと」があります。「へと」は元来、人・もの移動する場合、その始点から終点までの移動経過(ある程度の時間と距離)をも含んで指し示す助詞であったはずが、いまは「単に」「動作移動の帰着点」だけを示す「へ」と全く同じ使い方をするようになりました。つまり、たかだか1、2メートルあるかないかの距離を移動するだけでも サマータイヤ 275/30R19 92W フェデラル SS595 FEDERAL SS595、「彼は台所から玄関へと歩いて行った」のような使い方をしています。これも「とある」同様「一音節・一文字」余分であるだけでなく、帰着点のみを示していた「へ」を駆逐することによって、表現者・受容者双方の理解に混乱と齟齬とを来す原因になっています。たとえ近い将来、「へ」と「へと」との使い分けの出来ない人ばかりになってしまっても、相互理解の精度は下がったままでしょう。

こんなふうに一方で音節・文字を余分に付け足すにもかかわらず、もう一方ではむやみに語・語句の省略化が流行っています。従来なら「私の頭(心)の中では」「私の目算(心づもり)では」などと言い分けていたところを、たったひとつの言い方「私の中では」ですませるようになっています。ブログばかりでなく、高名な識者の文章中にもよく見るようになりました。この省略化の例は多く、

、思いつくだけでも「頭が真っ白に」(頭の中が真っ白になったような気分で) SPオーダー シートカバー ニッサン セレナ [C25] 【N409】、「あと」(その他には・付け足すと)、「なので」(と言うわけなので・そのために・それ故)、などがあり、言い方まで「甘ったれた・舌足らずな」印象を受けます。これらは、どう考えても日本語の「進化」とは思えず、「劣化」(この言葉も嫌いですが)としか言いようのない現象だと、私などは思います。

投稿: 半畳亭(管理人代理投稿) | 2016年10月25日 (火) 16時23分

緻密な分析と論評のコメントを頂戴したようで、感謝である。
感謝にしては偉そうな物言いだが、これは本ページのスタイルなのでご容赦願いたい。

コメントは管理人権限で、いずれ当該記事のページに移動させていただくことになるので、この点もご了承願いたい。

投稿: 九条雄三 | 2016年10月25日 (火) 16時24分

もう一件だけつけ加えておしまいにするつもりです。辛抱して読んで下さい。

語義無限定単純語流行の危険性

具体例 ( )内は従来の言い方の例
   出す(提出する/提案する/提示するなど)
   返す(切り返す/返答する/回答するなど)
   見えない/見えてこない(分からない/見通せない/推測出来ない/洞察しがたいなど)
   とる(具体例無数)

   ぶぶん(箇所/側面など)
   もの(印象/感情/感慨など 実例:さびしい/つらい【もの】がある)
   の(思い/感覚/気持ちなど 実例:くやしいという【の】はある)
   
   自分の中では(自分の頭の中では/自分の意識の上では)
   頭が真っ白に(たとえるなら、頭の中が真っ白になってしまったような感じがした)

戦後何度目かの英語ブームと言われて可成り時間が経ちます。英会話入門書・ハウツーもの(この呼称は最近あまり聞きませんが)のタイトル・宣伝文句に、「たったこれだけの英単語で会話が出来る」とか、「中学校英語で十分」などという惹句が目に付きます。つまり、have・take などの基本単語だけでも文脈にあわせて様々に使い分けられるということのようです。それはそれとして有用な知見に違いありません。しかし、これの援用が現代日本語の運用に、悪い影響を与えているのではないかというのが私の見立てです。

日本語を母語とする者が、例えば英語圏で英語を使うのであれば、少ない単語数で多様な表現ができるのは都合の良いことかも知れません。しかし、これを日本語に適用するとどうなるか。例示した「出す」「返す」「見えない」のようなきわめて単純であるがゆえに語義範囲の無限定な単語で様々に異なる意味を表現するのは、はたして母語としての日本語にとっていいことなのか、考えてみる価値はありそうです。

話し手である自分は単純語を使い、聞き手には前後の文脈から語義を判断させるのは、ある意味(この言い方を嫌う人もいますが今は敢えて使用)で「甘えた」、他者によりかかった言語運用法だと言えます。この傾向は、文頭・語頭で昨今頻繁に用いられるようになった「なので」にもみられます。せめて「ですから/それゆえ」ぐらいは使ってほしいものです。

また、「出す」に対する「出る」、「返す」にたいする「返る」は SPオーダー シートカバー トヨタ ヴェルファイア [ANH/GGH2#W] 【T335】、ほとんど使われず、いっぽう「見える/見えてくる」はあまり使われず 、使われるのはほとんどが「見えない/見えてこない」であることも、これらの単純語がけっして高い汎用性を備えていない証拠のように思います。自分の支出は出来るだけ抑え、相手に多く出費させようとする、所謂〈コスパ〉(この短縮形カタカナ語も嫌いです)意識に沿った言語運用と呼ぶべきなのかも知れません。本当に不愉快です。

投稿: 半畳亭(管理人代理投稿) | 2016年10月25日 (火) 16時26分

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